裁判員裁判

人生の間で、自分に回ってくることは無いような気がする。
それほど、まだまだ他人事な「裁判員制度」。
制度がスタートした当初は、大きく報じられていて、裁判が終わった後に会見が開かれていた。

中には顔をマスコミに公開している人も数人いた。
恨まれたりしないのかな、と心配になったものだ。
会見を拝見したかんじだと、裁判員に相応しい方が多いようなかんじがした。

すでにリタイアしたがまだまだ60代でしっかりしている男性や、ボランティアなどを行っていそうな主婦の方など。
いずれも責任感が強いような口調で受け答えを行っていた。
数日の裁判を通じてそうなったのか、元からそんな人だったのか。

でもやっぱり気になるのは、裁判がある数日間、会社はどうしていたのか、報酬はどうか、ということだ。
だって、裁判によっては長引くこともある。
数日間、数週間も会社を休んでしまっては、翌月のお給料事情が気になってしまうのだ。

そんなことを考える人ははじかれてしまうような気がする。
10年以上前、アメリカですでに導入されていた陪審員制が日本でも行われたら、というフィクションの邦画作品を見たが、インパクトが大きくて印象にのこっている。

見ず知らずの人々が集まるので、やっぱりトラブルにも発展する。
たかが、昼食を決めるだけで意見が割れたりと、なんだか大変そうだった。
私は、血を見たりするのが無理なので、もし選ばれたとしたら、そういった類いの事件だとどうしようかと今から心配している。
現場の写真や凶器など、見ることができないと思う。

本当にいつか候補に入ることがあるのだろうか。
宝くじよりも確率が低そうな気がする。

«
»